随分と間が空いてしまい申し訳ありません。今後は、まめに更新します。
さて、「暴論」の続きです。イージス艦衝突事件に際して多くの報道、マスコミが口にした「国民の生命と財産を守るはずの自衛隊」という言葉に対して、「よく言うよ!」との思いを禁じ得ませんでした。
誤解を恐れずに結論から言います。自衛隊は国民を守るための組織ではなく、アメリカの国益を守る存在になっているのに、その事実を直視することもなくぬけぬけと「国民を守るはずの」などとよく言えたものだと感じたのです。
随分と間が空いてしまい申し訳ありません。今後は、まめに更新します。
さて、「暴論」の続きです。イージス艦衝突事件に際して多くの報道、マスコミが口にした「国民の生命と財産を守るはずの自衛隊」という言葉に対して、「よく言うよ!」との思いを禁じ得ませんでした。
誤解を恐れずに結論から言います。自衛隊は国民を守るための組織ではなく、アメリカの国益を守る存在になっているのに、その事実を直視することもなくぬけぬけと「国民を守るはずの」などとよく言えたものだと感じたのです。
「避けては通れない」それほど大げさなことではありませんが・・・。イージス艦「あたご」と「清徳丸」との衝突の件です。
私は元自衛官です。今は民間人ですが、やはり「自衛官」という属性は私自身のなかで抜きがたい部分を成しています。この件について、やはり自分の意見を表明しないのはいかがなものか・・と思うところありまして、意を決して書いておきたいと思います。
一応、このブログの「空白期間」についてもお伝えしておこうと思います。
選挙が終わった後は、勝とうが負けようがお世話になった方へのご挨拶やら事務所の撤収やらで何かと忙しいものでしたが、精神的にかなり「きつさ」も感じておりました。(今だから言えますが)
落選した次の日に「必ず再挑戦します」と街頭演説したはいいものの、何せ初めて経験する「無職」「無収入」ですから、やはり「怖さ」はありました。しかも、選挙の反動ともあいまって、「虚脱感」というか、身体もなかなか動きませんでした。
「後悔先に立たず」とはいいますが、ああしとけばよかった、こうしとけばよかった等々、いろんな事をくよくよと悔やんでおりました。我ながら4月の前半は情けない姿だったように思います。
転機が訪れたのは、統一選の後半戦も近くなってからです。政経塾の先輩が東京の大田区長選挙に出るので、何とか手伝ってもらえないか、との依頼。事務所の撤収も終わっておらず、収支報告も終わってなかったので、最初はお断りしたのですが、自分がいろんな方に支えられ、応援していただいたくせに、人の応援が出来ないとは「何と自分は身勝手な人間だろう」と改めて考え直し、東京へ行くことにしました。
そこの選挙事務所では、私が落選したことなど知ったことではありません。「おらが候補」が当選するかどうか、それだけです。容赦なく、仕事も振ってきます。でも、それがかえってよかったのかもしれません。今思えば、どこかで感じていた「落選したばかりだから優しくしてくれ」というへタレ根性を吹き飛ばしていただいたような気がします。
選挙が終わって(22日)、ひさかたぶりに家族のもとへ(この辺の事情は後日)。半年ぶりに会う子ども達の成長に驚いて福岡に帰ってきました。あとは、残務整理と事務所の撤収に時間を費やして4月は過ぎていったのでした。
みなさまご無沙汰しております。唐突ではありますが、昨年の4月9日を最後にストップしておりましたブログの更新を再開いたします。
はやいもので、もう一年が経とうとしております。この間、みなさまにはいろいろとご心配をおかけいたしましたが、まもなく、ブログだけではなく、本格的に「捲土重来」を期して政治活動も再開いたします。
明日以降、この一年間の動き、そして改めて考える福岡市政、政治のあり方などつづっていきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
4060票をいただきながらも残念ながら結果は落選となりました。私に期待してくれて、一票を投じてくれた方、ご支援・ご声援を賜った方には、大変申し訳ない気持ちで一杯です。不徳の致すところです。
結果は残念なものになってしまいましたが、しかし、「日本一安心で安全で快適な都市・福岡」の実現をあきらめるつもりは全くありません。選挙前、選挙間を通じて、みなさんにお約束したことです。生涯をかけて実現していきます。
本日も、竹下駅にてご報告と決意を述べて参りました。必ず「捲土重来」を期します。尊敬する西郷南洲翁がこんな言葉を遺されています。
「幾たびか辛酸を経て 志初めて堅し 丈夫玉砕するも 甎全を恥ず 一家の遺事 人知るや否や 子孫のために美田を買わず」
今回は、玉と砕けましたが、この辛酸を忘れず、志の実現に邁進していく覚悟です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。