靖国参拝で騒ぐ必要があるのか……

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 朝から蜂の巣をつついたような大騒ぎで、正直辟易します。日本の総理が靖国神社に参拝してどこがいけないのか。

 参拝反対派の方々は、一、アジアの方々の気持ちを踏みにじる、二、政教分離に反する、三、A級戦犯が祀られている、などとまくしたてていますが、先の戦争に関するまともな知識を持っていれば、そう騒ぎ立てることもなかろうに、と感じてしまいます。

 一、については、簡単に「アジア」と括っているけれども、要は「中韓」ということです。その他のアジアの国が、首相の靖国参拝で、日本を非難する、というのは少なくとも私は聞いたことがありません。さらに、「中韓」が「日本は侵略戦争をしたことを美化している」と声高に非難することが、どうも間尺に合いません。なぜなら、大東亜戦争のときに、韓国は、日本の一部でしたし、朝鮮人将兵は日本の軍人として一緒に戦っているのですから、韓国の方が「侵略」を口にされるのは自家撞着のような気がします。また、中国を現在統治している政権とは、おそらく、交戦国として、戦争をしていないはずです。現在、台湾を統治する政権から、言われるのなら、辻褄が合うとは思いますが。

 二、については、政教分離とはいっても、完全に政治と宗教を切り離すことなど不可能と考えるべきです。政教分離の本場?ともいえるアメリカで、大統領の就任式のときに、聖書に手を置いて宣誓することがありますが、その行為を「政教分離に反する」と非難するナンセンスな人はおそらく皆無でしょうし、日本でも、私学助成金を宗教系の学校に交付したからとて、文句を言う人もいないでしょう。選挙事務所に神棚を作ったり、だるまを置いたりもしますが、それに文句を言う人もおそらくいません。宗教的な行為であっても、生活の中に習慣として根付いているものだってあるわけですから、いちいち全てを切り離すことなどかえって不自然です。死者を祀るという行為が、日本人の習慣になっているわけですから、これを「政教分離に反する」と非難するのは無理がありますし、その論理をもって首相の参拝を阻止せんとするのは、むしろ、思想・信条の自由を阻害しているとすらいえます。

 三、では、「A級戦犯」はどうなのか。いわゆる「A級戦犯」は、国内法では、犯罪人でもなんでもありませんし、靖国神社が祀りたいから祀ったような錯覚をもっている人がいますが、靖国神社に祀る祭神の名簿を作成するのは、あくまで厚生省(当時)であって、靖国神社が選別しているわけではないのです。つまり、国家の意思として、いわゆる「A級戦犯」とされている方々もお祀りしたわけですから、それを「中韓の非難が強いから」という都合で、分祀しようなどとは、あまりにも都合のよすぎる考えであり、それこそ、文明国にあらざる業というものです。

 結局、本来、宗教の問題として議論すべき問題が、政治問題化させられてしまったところが、この騒ぎの本質なのですが、それに輪をかけているのが、大東亜戦争について、東京裁判について、そして戦争とは何か、についての無知なのです。当時の国際情勢や事実関係、国際法、に基づいて解釈する努力が欠如しているということなのです。

 マスコミに同調することが知的であると思い込んでいる人々、戦争をヒューマニスティックに断罪することが良心的であると思い込んでいる人々が騒ぎを増幅しているだけなのです。一度、しっかりと勉強すれば、8月15日だろうが、例大祭であろうが、首相の参拝がわが国にとっていかなる意味を持つのかわかると思います。自分で確かめ、判断するしかありませんね。

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